いきあたりばっ撮り

カメラを抱いた渡り鳥

2017-01-01から1年間の記事一覧

嵐の日の野鳥と鳥屋

悪天候はバーダーにとっては、大きなチャンスというか賭けである。 渡りの鳥は、進路を変えたり、退避してルーチンを外れる。 そこがバーダーの付け目である。 海岸部に来る鳥はバックヤードに難を避ける。 撮影できるかどうかは別にして、そういう場所をチ…

鷺色戦線異常なし

磯にはクロサギ以外にも、コサギ、ダイサギ、アオサギもいて、ときどきちょっかいを出したり、出されたりしているが、本当に傷つけ合うことはない。 単なるじゃれ合いだろうな。 案外仲がいいもの同士のこともある。 むしろカラスやトビの方が邪魔のようだ。…

Just Flying In The Autumn Rain

クロサギは意外と小さい。 前日のアオサギとの比較でも明らかなように、カラスとドバトの中間くらいのサイズだ。 どんな鳥のイメージも、画像でその形だけ見ると、シギチだとニワトリくらいの大きさのように思ってしまいがちだ。 ただ、飛ぶときは別で、羽を…

Just Birding In The Autumn Rain PartⅣ

雨の鳥見は車の中からか屋根のある基地(ハイド)ということになるが、足場さえ良ければ、手持ちのカメラで、傘をさして撮れないことはない。 フードにレインカバーを被せれば、一応防塵防水という謳い文句を信ずるほかはない。 雨は決してネガティブモチー…

Just Birding In The Autumn Rain PartⅢ

チョウゲンボウは県北あたりでは繁殖している気配もあるが、概ね冬鳥と言っていい。 早くも国分の大分市歴史資料館の大屋根にメスのチョウゲンボウが止まっていた。 さすがここだと電線より大分絵になるな。 チョウゲンボウの方が添え物みたいにはなるが。

Just Birding In The Autumn Rain PartⅡ

旬です。 今季初見の旅鳥ノビタキ。 そろそろとの先輩のアドバイスで、おなじみのポイントを覗くと、まさしくオスの冬羽のノビちゃんが稲田の上を飛び回っていました。 秋雨の、ちょっと遠い悪条件の中でしたが、やはり初物との出会いの感動は格別です。

Just Birding In The Autumn Rain PartⅠ

満を持しての出動意欲も、生憎の秋雨前線に削がれはしたが、そんなことでへこたれるようなバーダー魂じゃない。 天は専ら出動するものを助く。 恋鳥も濡れるおちこち。 キビタキはまだ熟さないミズキに、頻繁に出入りしていた。 餌不足で、もう熟れたか、ま…

野菊の如き君なりき

普通、野菊を撮る気にはならない。 花だけ撮って絵にする技も、うんちくを語る術もない。 だが、年の功はなくもない。 伊藤左千夫の「野菊の墓」も読んでるし、木下恵介の「野菊の如き君なりき」も見ている。 ただ、何のイメージも湧かないけれど。 文部省唱…

一寸の魂

蟲は全身これ魂である。 蟲は全身が表情である。 蟲はためらいがない。 蟲は即反応する。 蟲はどこにも無駄がない。 蟲は命の塊である。 蟲は虫として尊い。 イチモンジセセリ フジバカマ

今日のネタは蜂鳥・雀蜂・蜂雀・雀蛾どれ

渡りの鳥を見に行ったけど、何も気配がなかったので、何かネタはないかと探したら、このヒメクロホウジャクがいたので、鳥のホバリングも蛾のホバリングも同じこと、これ幸いと撮っておいたわけです。 蛾と行っても、スズメガ科のオオスカシバやホウジャクは…

バンとクサシギへのエール

バンとクサシギは、初心の鳥である。 気づかなかった鳥が、すぐ近くで健気に生きていることを知って感動した。 もっとよく知りたい、しっかり見たいと思っているうちに、だんだん関心や欲求は手段の方に移っていく。 だから彼らに出会ったら、自然への畏敬の…

ゴイサギのともしび

鳥の目は美しい。 正確にいうと虹彩は美しい。 カロチノイド色素とプテリン色素の配合具合で黄色から紅色まで種や性別、年齢で複雑に変化する。 ゴイサギは、ホシゴイの時は黄色で、成鳥になるとポッと灯がついたように赤くなる。 隣県では最近ホシゴイやサ…

畑のチュウシャクシギ

チュウシャクシギは贔屓の鳥である。 初めて出会った時、なんだこの鳥はと感動した。 こんな鳥が身近にいたことにも驚いた。 春秋の渡りの時期には今か今かと待ちわびる。 大授搦や荒尾海岸にも会いに行かなければ。 会えば撮らないわけにはいかない。 ここ…

鷹見の見物Ⅱ

佐賀関にやってくるハチクマ、サシバなどは、四国佐多岬の伊方町の権現山の上昇気流で高度を得て、佐賀関に向かって滑空してくるらしい。 その間、40kmあまりだが、風の向きによっては南北に流されたり、高度を落とすらしい。 この日は南風で、北側に現れ…

鷹見の見物

タカの渡りは、春秋のバーダーの恒例行事だ。 数年前、御池で出会ったバーダーさんから、サシバの渡りの壮観さを聞いて、一度、秋の金御岳に出かけたことがある。 でも、こればっかりは当たり外れがある。 数も少なく、タカ柱は見られなかった。 いつだって…

アカメガシワに青、黄色

オオルリ、キビタキも頻繁に入るけど、どちらも成鳥はなかなか全身を曝してくれない。 だからこその成鳥だということ。 キビタキは目立つからなんとかチャンスを捉えたけれど、オオルリは青い頭だけを指をくわえて見ているほかなかった。 色の薄いのは、どち…

アカメガシワレストラン盛業中

湖畔のキャンプ場は 未だに週末は賑わっている。 天気がいいのでもう一度アカメガシワをのぞいて見たら、まだカラ類、ヒタキ類で繁盛していた。 わたしは寂しいキャンプ場が好きだが、今のアウトドアはちょっと整い過ぎているというか、金がかかっているとい…

上人ケ浜のクロサギ

クロサギは気をつけて見ると、結構あちこちの磯で見かける。 クロサギ見つけて喜んでいるのはわたしくらいのものだろう。 クロサギにしたら、誰にも見られないのが本意で黒いのだから、迷惑がられているかもしれない。 でも知られずにいると、いないものとし…

だんだん良くなる今週の鳥ネタ

今週は旬ネタ揃いだよ~ん。 ということで、まずは恒例のチュウシャクシギから。 上人ケ浜公園にチュウシャクシギありということで定番です。 今シーズンは数が少ないです。 一つ心配があります。 今は閉鎖された市美術館が砂湯に生まれ変わるということで、…

カナヘビってなんだ

カナヘビというトカゲに似た生き物がいるということを知ったのは、そう古いことではない。 その区別は未だにできなくて、生き物の写真を趣味とするものとしては、いささか不真面目の誹りを免れない。 アバウトな性格は、未だに我が家の猫の名前さえ覚えない…

ビオトープは自ずと生じる

いまとなっては昔のことだが、わたしが住んでいるあたりは雑木林や松林で、豊かな生態系が広がっていた。 昔の松の木や雑木林を思わせるものは、もはやこれっぽっちも残っていない。 それでも、どこからかいろいろな生き物がわずかな水と緑を目指してやって…

我が家にベニイトトンボがやってきた

ベニイトトンボは九州北部3県では健在らしいが、他県ではほとんど絶滅危惧種や準絶滅危惧種である。 当地でも、どこでも見られるというものではないと思う。 家の裏に置かれたヒツジグサなどを植えた水鉢に、ベニイトトンボが訪れていた。 川や水場は遠いし…

蒼い鳥

青い鳥は美しいが、アオとつく鳥はなんとなく地味な鳥である。 それもそのはずで、アオという言葉が、中間色、くすんだという意味の古語からきているのだから。 しかし、アオの中にまた様々な色を区別していて、渋さとか粋とか生成りとか繊細とかいった、日…

狩をしないミサゴは悪いミサゴ

わたしが出会うミサゴはヘタレである。 カラスに獲物を横取りされたり、アオサギに止まり木を追われたり、何も掴まず水から上がったりと面構えに似合わない。 何もないよりかは、鳥なだけマシか。 まあ自分の腕は棚に上げていえばそうなるが、ミサゴもちゃん…

アカメガシワが頼りです

クマノミズキが不作で、旅鳥も素通りだ。 近場の行楽地のアカメガシワが、熟れ頃だったので待っていると、案の定、エゾビタキ、カラ類、ソウシチョウなどが入りだした。 あいにく、人と会う約束だったので、短時間しか撮れなかったが、もっと来てくれそうな…

三世代・住宅

かみさんの実家は、義父母が新婚の時に建てた家である。 こどもが増える度に建て増ししてつぎはぎの家になっていた。 元がシンプルな長方形だったから、三方に羽を伸ばしたようになっていた。 こどもが成長し、義父母も老いて義兄と暮らすようになって、空き…

割高な鳥

この子に罪はないし、別に必要があっての旅だったので、後悔はないが、なぜか、野鳥で撮れたのは、わずかこのワンシーンだった。 キビタキの幼鳥だろうか。 目視では胸や頭に縞模様が見えて、ビンズイかと思ったのだが。

秋雨前線、アキアカネ

アキアカネは、夏の間高地で過ごし、秋雨前線の通過と共に、低地に大挙して移動し、産卵して終える。 今年の残暑はまだ続いているのか、ここ1600メートルの高原の谿の傍らで、羽を休めていた。

高原列車は行く

JR鉄道標高最高地点は、八ヶ岳高原を走る小海線の野辺山駅の近くの踏切で、標高1375mである。 これは鶴見岳の山頂と同じ高さだ。 冬はもちろん雪に埋もれる。 夏は避暑地として賑わっている。 昔流行った「高原列車は行く」という歌の、牧場の乙女が花束投げ…

ガガブタ頼り

台風とプライベートな都合で、鳥ネタはすっからかんである。 このところ花虫風月頼りなので、しばらくその線で脳トレに励みたい。 家族への無事の便りは、SNSなど別の手段ができたので、そちらで間に合うようになったし、更新を続けること自体は、独りよがり…