いきあたりばっ撮り

カメラを抱いた渡り鳥

生涯無一文

なんとかっこいい、わたしも貧乏は嫌だが、清貧は好きだ(と思う)。

鳥さんの話だから。

ものを溜め込む鳥さんもいるけど、渡り鳥は身軽が身上だ。

その日暮らしというなかれ、その日の糧さえあれば生きていける。

必要なだけを調達する。

決して余計な振る舞いはしない。

自在であって、アートだ。

だから鳥見は至福だ。

ちょっと、いや、随分物入りだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしいけど憎らしい

鳥がいなけりゃトンボでも撮るかとなるのは自然の成り行き。

飛びものはそれなりに慣れがいる。

ハグロトンボも立派な飛翔体。

水と相性がいいだけに絵になるかしら。

おまけに黒いと思ってた部分が螺鈿のように煌めく。

ネタがないなどと喚かなくても、命あるものみな美しき哉。

武者小路実篤か、いや、ただのボケ老人だよ。

 

命あるもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近場のヒゴタイ

産山村より10日遅れて、地元のヒゴタイが咲き始め、ブルービーもやってきたと、グループラインで教えられたので、今日のネタ用に早速出かけた。

地元といっても、隣市で1時間以上かかる。

2時間以内は地元という。

ヒゴタイというケッタイな花が、なぜ気になるのだろう。

球体になる利点は何だろう。

ヒゴタイは肥後躯と書く。

小さな躯体で表面積を最大にして、たくさんの種をつける。

すなわち継代の術。

肥後忍法ではない。

氷河期を超えて、大陸から別れて咲くロマンの花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


日本騒鳴大賞

ちょっと来いちょっと来いと呼ぶから、行ってみるけど姿は見えない。

一度木の上で鳴いているのを見たいけど、ここかと思えばまたあちら、ほんにお前は屁のような。

そのくせ、車の前にはちょいちょい出る。

でもフロントガラス越しでは、クリアなショットは望めない。

窓から顔を出そうとすると、藪の中へ消えてしまう。

結構難度が高い。

たった1歩分で4枚も上げねばならないこの辛さ、察してくれよ。

 

 

 

 

 

番匠おさかな館にいらっしゃい

我が家は川好きで、川に連れていくと、大人になってからもすぐに浸かる。

淡水魚も好きで、飼っていたこともある。

わたしは調達専門だったが、水槽の管理は大変そうだった。

懐かしい番匠川に行くついでに、番匠おさかな館に寄ってみた。

もう何年もなるのに、水槽もきれいで、魚も生き生きしていて、嬉しかった。

カワムツ水槽がことさら懐かしかった。

 

 

 

 

 

一に鳥ネタ二に虫ネタ三四がなくて五に水ネタ

鳥と水は相性がいい。

どんな鳥も水と合わせると絵になる(はず)。

というわけで、閑古鳥がなく時は水場を巡る。

毎日湧水を回っているが、なかなか難儀なこともある。

水がしゃしゃりでるのだ。

ピンを持っていく。

それに澄めば澄むほど、難しい、ナシカ。

水の恵みの代償は払わないと。

 

池山水源