いきあたりばっ撮り

カメラを抱いた渡り鳥

鳥多くを以って尊しとせず

鳥の群れに思い入れがあって、出会えば喜んで写すのだが、家人の評価はあまり芳しくない。
塵が集まっているだけで、なんの面白みもないという。
そういわれればそうで、自分でもなぜ好きなんだろうと考えてみたことはある。
戦後の窮乏期、質より量の時代に成長期を過ごしたせいかとも思ってみたが、鳥は食ったことがないから、単なるこじつけに過ぎなかったようだ。
鳥のショットの面白さは1羽の図鑑ショットより、複数羽の方が構図もモチーフもまとまりやすいということがある。
群れになると、ただそれだけで面白いかというとそうでもあり、そうでもない。
群れも個の集まりだから、個としての識別も出来なければ塵と謗られても仕方ない。
そうなると群れはそう簡単に近づけないから、遠くて小さくて、順光でなければただの黒豆と化して、マスとしての迫力も面白さもなくなる。
元日は好天に恵まれ、県北の田んぼでアトリの群れに遭遇した。
カワラヒワの群れに混じるアトリは1羽でも十分にきれいだが、束になったらその数だけ魅力が増すかというとそんなことはない。
群れの魅力はその集団としての行動力や生命力の様にあるのかもしれない。

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