2026-01-02 カモメ3/4 いきあたりばっ鳥 今となっては、海岸に行って、ズグロカモメを眺めることだって、十分な悦楽だ。 そこに行けること、それを認識できること、シャッターを切れること、つまりは健康寿命というものが、まだ伸び代が残っていたということだから(?) 今日鳥見の要があるということは、そこそこの今日要を培ってきたとも言える。 薹のたった独活のように、そのうちポキンと朽ち果ててくれたらいうことないのだがな。