いきあたりばっ撮り

カメラを抱いた渡り鳥

今そこにいるキアシシギ

鳥見というのは、日常におけるささやかな発見だと思う。

発見といえば大袈裟だが、気付きと言った方がいいかもしれない。

普段見過ごしていたものに近づいて、ふと目を止める。

こどもの頃の道くさの延長か。

それで視界が少し変わる。

老耄にもできる若返り法だ。