いきあたりばっ撮り

カメラを抱いた渡り鳥

水場という舞台

ターゲットは他にあったが、7時間待って来たのはキビタキの1回だけだった。

でも鳥見は結果ではなく過程だ。

何を撮ったかではなく、どう濃密な時間を過ごしたかにある。

身動きも不自由な真っ暗なハイドから、木漏れ日の時折さす水場の周辺に動くものはないかと目をこらす。

状況は時々刻々変化するからカメラの設定も変えなければならない。

チャンスは一瞬だから気を抜く余裕はない。

目を凝らしながら、この水場を成した仲間の経験と知識と技術と情熱の膂力に感謝する。

これだけでも鑑賞に値する。

一人暗闇から現世を眺める気分になるのもいい。