いきあたりばっ撮り

カメラを抱いた渡り鳥

夢か現か幻か

リタイヤーの鳥見を終活と思う人がいたら、それは違う。

終活は死期の訪れをジタバタして待つもの、鳥見は四季の訪れをワクワクして待つこと。

つまり未来に続く季節の移ろいへのときめきを持続することすなわち周活だ。

もちろん鳥見しながらコロリといければありがたいが、多分外に出られなくなればどっちにしても奈落の底でお先真っ暗だろう。

鳥と共生する幸せを失いたくない、その気持ちだけで生きられる。